構造改革のための25のプログラム
第四節 品格ある「公務」の復活
プログラム二四
行政監視を徹底し、会計検査院を強化する

 憲法第九〇条は「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない」と定めている。
 しかし、会計検査院の検査はとうてい国の収入支出のすべてに及んでいないし、検査報告は国会に提出されても次の年度にもその次の年度にも、実際には審議されていない。この点でもわが国の政治は憲法に則していない。
 そもそも、納税した税金が適切かつ有効に使われているかどうかを国民がチェックすることは世界共通の民主主義的権利である。
 わが国の制度では、地方公共団体の場合、自治体に監査委員会があり住民が監査請求権をもっている。
 国の場合は議会に決算行政監視委員会(参議院は決算委員会)が置かれ、”独立”(現実には”孤立”と言った方がよい)した会計検査院があるが、国民には監査請求権が与えられていない。それに替わって会計検査院の検査があるという建て前なのだ。
 したがって、国の機関の決算や補助金の検査を行う会計検査院は、きわめて重要な機関のはずだ。国の収入支出の決算について検査し、内閣が国会に決算書を提出するさいに、検査報告を添えなければならないことになっている。
 会計検査院の検査対象は、@「必ず検査しなければならないもの」(必要的検査対象)と、A「検査院が必要と認めたときに検査することができるもの」(選択的検査対象)に分かれる。
 @の対象は、国の毎月の収入支出、国が資本金の二分の一以上を出資している法人(たとえば政府系関係機関や特殊法人)の会計、国が資本金を出資したものがさらに出資しているもの(たとえば農協系団体や特殊法人の子会社)の会計、などとなっている。
 それら検査対象となる機関・団体等の数は、検査院によれば約三万八〇〇〇ヶ所とされている。後述するように実際はこれよりはるかに多いはずであるが、三万八〇〇〇ヶ所ですら、検査院の調査官七〇四人(職員数一二五一人)で検査し切れるものではない。
 実際、実地検査が行われるのは約八.五パーセントの三二〇〇ヶ所である。それでも仕事量からすれば実態はかなり過重である。
 検査院は検査の結果を、@不当事項(法令等に違反、または不経済・非効率な事態)、A意見表示・処置要求事項(改善要求)、B処置済事項(改善された事項の記述)、C特記事項(予算の効果、事業成績が適切でない事態の問題提起)、D国会からの検査要請に対する検査状況−の五分類で内閣に報告する。
 平成一一年度では@が二五二件、Aが六件、Bが三七件、Cが一件の計二九六件、金額にして二一四億円であった。
 以上のような会計検査制度には多くの問題があり、根本的な改革が必要である。
 第一の問題点は権威である。会計検査院はこれまで様々な無駄遣いや非効率を指摘してきた。中海干拓や藤前干潟の干拓事業から、高速道路事業や港湾建設事業、さらにはODAや国有林野事業の無駄使いなどだ。
 しかし、検査院には強制権限がなく、いうなれば「指摘」するだけで終わってしまう。省庁などは「指摘」を受けた事業を中止したり責任をとったりする義務はない。また、検査院にとって、予算配分権を持ち族議員を抱えている各省庁に対して強く物を言いにくいのも事実である。検査官は「先方が資料を出してくれない」とよく嘆いているが、実際のところ、相手が省庁の場合、「調べさせていただきたいのでご協力を」という感じである。
 第二の問題は検査対象の範囲である。本来、税金の使途については、わずかでも不明があってはならないので、チェックのシステムが隅々まで行き届いていなければならないはずである。
 しかし、わが国の財政制度では国民のおカネが補助金の形で約六万ヶ所、事業費としては一〇〇万ヶ所以上にわたっている。これでは検査院の規模を一〇倍にしても、とうてい検査し切れない。
 しかも、これ以外に、税金で作られた一万(社)を超える行政系列の株式会社などがある。公益法人、認可法人とその子会社・孫会社、特殊法人の子会社・孫会社、地方公社、「三セク」などだ。これらは私企業または民間法人の形をとっているため検査院の検査権限が及ばない。そもそも、こうした企業(団体)を作ること自体、公金を私企業の資産とする行為であり、憲法違反、公金横領なのである。
 このようなことになった原因は、利権政治であり、天下り構造である。言い方を替えれば、利権政治が民主主義のシステムである会計検査をマヒさせてしまったのだ。
 その結果、「会計検査院法」そのものが憲法の規定を逸脱してしまった。検査院の検査対象には「会計検査院法」が制定された後に付け加えられたものが多い。
 そもそも憲法が想定していない税金による「出資先」や孫出資先の株式会社や公益法人、「補助金」交付先の業界団体や企業など、あってはならないものができてしまった。次々に生まれるそれらも検査対象として明記せざるを得なくなり、「会計検査院法」そのものが憲法上矛盾をきたしてきた。
 つまり、税金で私企業をつくり、公金を私物化することを法律上認める結果をつくりだしてしまったのである。
 第三は会計検査院の独立性の問題である。検査院は「内閣に対し独立の地位を有する」と会計検査院法には明記されているが、その独立性を保障する根拠はどこにもない。検査院の職員は公務員の一般職試験によるもので少なくとも他省庁と横並びであるし、予算や定員は財務省の厳しい査定と族議員が支配的な国会に縛られている。
 さらに重要なのは、検査院は政府や省庁の政策や事業そのものに対する是非の判断が実際にはできないことである。
 無駄な事業や利権性の強い誤った事業の中止や責任を問うことができないため、「無駄」の指定も計算間違い程度の小額のものとまり、全体でも検査院自体の運営予算額程度に限られてしまっている。
 第四の問題は調査官の人数と待遇である。調査官の人数は少なくとも現状の五〜六倍は必要不可欠であるし、全体の職員数も五〇〇〇人以上でなければ最小限の検査もできまい。
 こうした問題点を克服し、会計検査院に本来あるべき機能を発揮してもらうにはどうしたらよいだろうか。私の改革試案は次の三点からなる。

一、会計検査院に予算、職員採用、待遇などの面で大幅な独立性を持たせるため、職員の身分を特別職公務員とし、行政定員から除外し、予算にも独自性を持たせる。

二、検査そのものに強い権限を付与し、政策や事業に対しても判断を示し、誤りや不正を追及する権限を与える。

三、(検査院制度ではないが)子会社や事業団体の設立を禁止し、それらの団体への補助金等を廃止し、予算の行き先を行政機関と行政機関の物品購入先のみに限るという、行財政のあるべき公明な姿に戻す。この結果、検査院の検査対象が明確となり、会計検査が制度上合理性を持つこととなる。